現在取扱い楽譜数:ロケット出版2,386件
国内楽譜198,789件、 輸入楽譜55,684件

Music People Vol.73 広瀬勇人

私の学生時代

 高校から始めたホルンで音楽に目覚め、そのホルンで音大受験に3回失敗した私は、ソルフェージュの先生の薦めで21歳になる手前で作曲を始めました。下手だったホルンよりは少しは縁があるかもしれない、少しでも音楽に関係している仕事が出来れば、という必死な気持ちで、全く経験ゼロの状態から作曲を始めたのを覚えています。

 その後私は日本、アメリカ、ベルギーと3つの学校で作曲を勉強し、作曲家として活動させて頂くことになるのですが、このコラムでは私の学生時代のエピソードなどを中心にご紹介させて頂きます。

 

【尚美学園時代】

 作曲を始めるにあたって私が尚美(*注)を選んだのは、他の音楽大学に比べて当時(90年代後半)としては驚くほど作曲関係の機材・設備が充実していたことと、音楽業界でバリバリ活躍している若い現役の講師の先生が多かったからでした。作曲に転向した当初、劇伴音楽やCMなどの商業音楽に興味を持っていたので、とても魅力ある学校に感じました。

 入学後に初めて知ったのですが、尚美にはもう一つ別の顔があり、それは古くから吹奏楽にとても力を入れている学校だったということです。作曲学科の私も、授業の一環として吹奏楽の曲を書いて、添削・音出し・演奏会で演奏して頂く機会に恵まれました。3年生の時に授業で作曲した作品が「21世紀の吹奏楽 "響宴"」に選ばれ演奏され、これが自分にとって吹奏楽の世界に入るきっかけとなりました。

 この時に作品を初演して頂き、様々なアドバイスを下さったのがバンドディレクターの佐藤正人先生で、20年以上経った現在でもロケットミュージックのCD収録等でお世話になっています。作品を添削・指導して下さったのは作曲家の飯島俊成先生で、後に国内出版社の楽譜担当の方をご紹介頂き、作曲家として大切な足がかりを作ることが出来ました。

 同じ時期、学外では武蔵野音楽大学の学生だった作曲家の八木澤教司さんと交流を深め、尚美・武蔵野音楽大学の作曲学科・演奏学科の学生で合同演奏会を開かせて頂きました。八木澤さんはまだ吹奏楽界で正式にデビューする前でしたが、その精力的な活動・幅広い人脈から既に「成功しそうな人」のオーラがプンプン出ており、当時から現在に至るまで、同世代の作曲家として私は八木澤さんからは多くのものを学ばせて頂いています。

 尚美では4年間勉強しましたが、この時期に学んだこと、お会いした方々とのご縁が、後に作曲家として発展するための大切な土台となりました。

 (*注 現在の学校名は「尚美ミュージックカレッジ専門学校」で、私が入学した当時は「東京コンセルヴァトアール尚美」、卒業する年には「東京ミュージック&メディアアーツ尚美」と呼ばれていました。「尚美学園大学」は別の学校です。)

 

【アメリカ、ボストン音楽院時代】

 尚美在学中にわずかですが作曲で実績が出来て、卒業後はもう一歩踏み込んで作曲を勉強したい、また折角なら日本ではなく海外で勉強を続けたいと思い、両親をなんとか説得して、アメリカに留学させて頂けることになりました。

 アメリカで吹奏楽が盛んな地域というと、シカゴを中心とした中西部一帯やテキサス州周辺の南部一帯などだと思いますが、当時の私は特に吹奏楽にこだわらず現代音楽全般を学びたいと思っていました。知り合いの作曲の先生のご紹介で、吹奏楽のあまり盛んでない、東海岸北部の「ボストン音楽院」という私立の音楽学校で3年間学びました。

 外国人の多い土地柄、ボストン音楽院にはアジア、南米、東ヨーロッパなどアメリカ以外の国から多くの留学生が来ていて、「良い音楽」「良い演奏」に関する価値観がそれぞれ違っていて、本当に多くのことを学ぶことが出来ました。またボストンには優秀な大学が数多くあるのですが、私は現地の日本人コーラスグループの指揮者をさせて頂いたため、ボストンに来ていたいわゆる「エリート」日本人の方々(ハーバード大学に留学中の官僚ご夫婦、博士課程を終えられたポストドクターのお医者さん、大学研究者やその家族の皆様など)とも多く知り合うことが出来て、視野が広がった様に感じました。

 刺激が多い一方、肝心の作曲では大いに迷い、伸び悩んだ時期でした。自分はどこに向かっているのか、どの様な作曲をするべきなのか、自分を見つめ直し、向き合う大切な時期だったと今は感じています。

 転機となったのは、留学後、毎年参加していたシカゴのミッドウェスト・クリニックでした。3回目の参加の時、出版社ブースで「指輪物語」の作曲者、ヨハン・デ・メイとお話した際、もし吹奏楽を学校で掘り下げて勉強したいなら友人のヤン・ヴァンデルローストを紹介するよ、と言って下さったことで、頭の中でモヤモヤしていたものが急に晴れ上がり、何かのピースがピタッと当てはまるのを感じました。

 年齢や学費、生活など、現実には様々な懸案事項があったのですが、家族・周囲の協力など様々なサポートに恵まれ、今度はベルギーで留学生活を始める事になりました。

 

【ベルギー、レメンス音楽院時代】

 ベルギーは四方をフランス、ドイツ、オランダ、海を挟んでイギリスに囲まれていて、人口約1100万人、面積は四国とほぼ同じというとても小さな国です。私が住んでいたルーヴァンという街は、首都ブリュッセルの少し北に位置する片田舎の学園都市でした。

 レメンス音楽院は学生の90%近くが地元ベルギー人で、白人だらけの校内では自分の理解できないオランダ語(フラマン語)が飛び交い、完全にアウェー状態でした。幸い、私が履修していた授業のほとんどがマンツーマン、または少人数の授業だったので、オランダ語の分からない私に配慮し、どの先生方も英語を使って教えて下さいました。 私が師事させて頂いたヤン・ヴァンデルロースト先生の作曲レッスンでは、吹奏楽曲として過不足なく響くためのオーケストレーションを念入りに教えて下さいました。レッスン以外でも、当時のヨーロッパ最大手の出版社、デ・ハスケのヤン・デ・ハーン社長を紹介して下さったり、作曲家としての心構えや指揮者・演奏家・出版社との接し方、家族へのいたわりなど、私の将来のためにご自分の知識・経験を余す所なく伝えて下さったと思います。

 ベルギー滞在中は学外の演奏会にも積極的に足を運びましたが、人口の割に管打楽器がとても活気があり、市民の日常生活にもそれが根付いている印象でした。

 ある地方の街の一般バンドの演奏会に行った時の話ですが、客席は超満員で、ステージ上には小学校高学年から中高生、60,70代まで幅広い年齢層のメンバーが一緒に演奏していました。3部構成の合間に挟まれた2回の休憩(休憩時間はそれぞれ30分ありました!)では、演奏者とその友人、家族たちが一緒になってホール横の広間で大賑わいで、大人たちが赤ら顔でビールを楽しむ横で子供たちがキャッキャと走り回るお祭り騒ぎでした。もはや演奏会と休憩とどちらがメインなのか分からない状態でしたが、いずれにしても創立70数年、年4回行われるというそのバンドの演奏会が、この街にとって重要な季節のイベント・社交場の一つに定着している印象でした。

 

【帰国、作曲家として活動】

 合計10年間におよぶ学生生活を終え、ベルギーから帰国した後は、幸運にも母校である尚美ミュージックカレッジ専門学校にて専任講師として勤務させて頂くことになりました。昼は学校、夜は作曲という二重生活が続き、少しずつですが作品の演奏回数も増えてきて、現在では週に1回の非常勤講師として尚美で授業を教えるかたわら、自宅で作曲に多くの時間を費やしています。

 家族や周囲の様々なサポートのお陰で、私は奇跡的に長い学生生活を送ることが出来ました。それぞれの学校でのかけがえのない貴重な経験、多くの方々との出会いが、現在の作曲活動の原点、大きな財産となっています。

 「自分一人の良い経験で終わらせてはいけない。自分の経験を世のため、人のために還元しなくては。」

 おこがましいですが、その様な想いから、自分は作曲家としてこれらの経験をもとに、中高生がどの様なレベルでも楽器を演奏する喜びを実感出来る様な作品、指導者の先生が音楽教育、人間教育を実践しやすい様な作品、出版社が関係各所に紹介しやすい様な、ひとりよがりでない、幅広い層に求められる作品といったものを心掛け、今後も作品を発表していきたいと思います。

 

広瀬勇人オフィシャルHP www.hayatohirose.com

 

広瀬勇人【ひろせ・はやと】
東京生まれ。国際基督教大学高等学校を卒業後、東京ミュージック&メディアアーツ尚美を首席で卒業。その後アメリカのボストン音楽院作曲科で優秀賞を受賞し卒業し、ベルギーのレメンス音楽院大学院にて作曲をヤン・ヴァンデルローストに師事。同校の作曲科および指揮科を卒業し、修士号を取得。

日本現代音楽協会新人賞入選、ニューイングランド学生作曲コンクール第1位、21世紀の吹奏楽「響宴」入選。日本、ヨーロッパの核出版社より多くの作品が出版され、ドイツ、スイス、シンガポールの吹奏楽コンクールの課題曲に選出される。

作曲をヤン・ヴァンデルロースト、ピート・スウェルツ、アンディ・ヴォース、松平頼暁の各氏に師事。指揮者としても精力的に活動する他、吹奏楽コンクール、アンサンブル・コンテストの審査員、講習会講師、21世紀の吹奏楽「響宴」の選曲委員などを務める。

尚美ミュージックカレッジ専門学校講師。著書「必ず役立つ 吹奏楽ハンドブック 小編成編」「吹奏楽のための 読譜とソルフェージュがわかる本」「吹奏楽部員のための 楽典がわかる本」(以上ヤマハ)、DVD「小編成バンドのための『サウンドバランス・メソッド』」「生徒だけで作り上げる アンサンブル」(以上ブレーン)、「指導者・奏者のためのアンサンブル指導」(ジャパンライム)。

 

コメントを残す

コメントは承認され次第、表示されます。

最近チェックした商品