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バンド指導ヒント vol.5「金管楽器には種も仕掛もないという話」

秋山紀夫のバンド指導ヒント

金管楽器には種も仕掛もないという話


木管楽器と金管楽器を比較すると、金管楽器の方がやさしく、木管楽器の方が難しく進歩が遅いというのが定説です。金管楽器はやさしいかということですが、クラリネット等の木管楽器よりは多少音が出ますからやはりやさしいのかもしれません。しかし、かなり上手なバンドに伺って楽譜①の音を金管楽器の人達にマウスピースだけで吹かせてみると、これいかに、相当なことに相なります。

まずまともにそれらしい音の出るのはトランペットの人達ぐらいで、それも楽譜②のように、正しいピッチで音が出せるのは3人に1人か、5人に1人位です。他の人は楽譜③や④のように振動が上ずっていたり、下っていたりします。もっとひどいのは音痴のように全然ピッチの違う音を平気で鳴らしています。この傾向はマウスピースの大きな楽器程不安定になり、トロンボーンやホルン等の中には全然ピッチのとれない人も出てきます。



さて一体これはどうしたことなのでしょうか?金管楽器はやさしいと言われながらも、実は相当にごまかして吹いているということなのです。その点木管はいつになっても音が悪く下手なのを正直にあらわしていますが、金管は下手なのにうまくゴマカしていることになります。

こうした状態ではトロンボーンやユーフォニアムはいつになっても豊かな音にならず、トランペットの音を合わせようとしても、なんとなく音が合いながら最終的にはどうしても完全に合わない、いくら管を抜き差ししてもどうも合わないということになります。つまり「金管には木管のようなリードがなく、種も仕掛もありませんので、唇の振動こそ最も重要」になるのです。唇の振動が正しく出せなかったらすべて金管はゴマカして吹いているということになります。

つまり唇がマイクロフォンで、マウスピースやラッパの方はそれを拡大して出すスピーカーであるといえます。その際マウスピースの良否も関係しますから、マウスピースはその拡声に影響する出力アンプとも言えるでしょう。もっと言い換えれば自分の声はさっぱり出ないのにマイクロフォンとスピーカーに頼って歌を歌っている(ような気分になっている)ようなものです。さて、では金管楽器の勉強はどうしたら良いのでしょう。

1)金管楽器の勉強には楽器は不要

このように言いますと、皆さんビックリされるかもしれませんが、まず第一歩の勉強では自分の唇とマウスピースがあれば楽器は不要です。はじめに唇だけの振動で次の音を出す練習からはじめます。楽譜⑤、初歩者の場合で唇だけで出せない場合は次のマウスピースによる発音からはじめて、それが多少できてから再びこの唇だけの発音に戻して練習しても差支えありません。理想的には唇だけで次の音域程鳴らせれば申し分ありません(楽譜⑥)。



さてこれがラッパ吹きの基本であるバズィングです。バズ(Buzz)、つまりブッブッとかガヤガヤ、ブンブン等といった擬声語から出た言葉で、「Buzzer」はブンブンいう虫や、汽笛、サイレンの意味に使われます。このバズィングがまず唇だけで正しく出せなければ金管は鳴らせないと言って良いでしょう。アメリカのラッパ吹きは皆このバズィングだけで2オクターブ位の音が出せますし、ある先生はピアノの伴奏で、バズィングだけで「オー ・ソレ・ミオ」を歌ってみせる程です。



この唇だけのバズィングではまず第一にブレスをしっかり保って、正しい呼吸で息を吹き正し、のどを広く開けて、決してのどに力を入れてツマッタ音にしないことです。金管楽器の比較的マウスピースの大きなトロンボーンやユーフォニアムの人達の音が貧弱な原因は、まずのどが開いていないこと、それに唇が正しく振動していないことにあります。

唇で振動が作れればマウスピースだけを当ててバズィングをすることは大して難しいことではありません。しかしマウスピースを当てて出す場合いつも次の二点に注意する必要があります。

a)マウスピースの中に当たっている唇全体がむらなく均等に振動し、バズィングの音がはっきり、大きく安定して出せること

b)いつもピアノ等を用いて正しいピッチで振動させる

の二つです。

ピアノを用いる練習には次の楽譜を用いると良いでしょう(楽譜⑦〜⑪)。楽譜⑨〜⑪はアメリカのイーストマン音楽学校のすべての金管楽器の学生がウォーム・アップの練習としてロング・トーンでおこなっている練習で、各音にむらのない良いピッチを作る練習として非常に有効な練習です。トランペットやホルンは⑨⑩を練習し、⑪は少し音が低いので避けた方が良いでしょう。しかしトロンボーン、ユーフォニアム、テューバにとっては低音域を豊かにする練習として⑪は欠くことのできない練習です。これらの練習は単にマウスピースだけのバズィングだけでなく、楽器につけてロングトーンの練習として、個人でも又は合奏でもとても良い練習です。バンドが合奏をはじめる前によく音階練習をしますが、1オクターブの音階を全音階で上下するよりもこの楽譜⑨や⑩のような半音階で練習すると全体のピッチをそろえて美しい合奏を作ることができます。



先ほどに述べたように、トランペットやトロンボーンの音の合わない大半の原因は、伸縮管の抜き差しの問題よりも、音の元となる唇の発音がいかに正しく、正しい音色で鳴っているかということです。ピッチももちろんですが音色がそろわないと音は合いません。そのためにこのバズィングの練習で一人一人の振動をしっかり合わせる必要があります。この練習を積むとトロンボーンやユーフォニアムの音も豊かになります。そのときはバズィングがはじめに言ったように充分豊かなブレスに支えられなければなりません。

この練習ははじめて金管を手にする人はもちろん、すでにかなり演奏できる人にとっても更に音を良くし、音程をしっかり作る上に重要な練習です。

例えばトランペットのパートに楽譜⑫のような部分があり↓印のついた音をかなり上手なバンドの生徒でも不安定に吹いています。これはこの音が正しいピッチに下りきらずに吹いているからです。そこでこうした部分はマウスピースだけで正しく音の高さをとって練習すると見違えるようにはっきりと美しい音で吹けるようになります。



このようにバズィングは基礎練習としてだけでなく、曲中の困難な個所の練習としても応用すると目に見えて大きな効果を上げることができます。極端にいえばマウスピースだけであらゆる旋律が吹けなければならないということになります。それができないのに、やれこの楽器は音程が悪いとかこちらは良いとかいうのは少し見当違いというものでしょう。

しかし以上述べた練習が効果的だといっても一つ忘れてならない大切な点があります。それは楽譜⑨のような半音階の練習をいくら練習しても、一音一音正しいピッチで吹いていなければ何もならないという点です。

例えば大低のバンドは⑨の練習曲の第4小節目の音を低めにとりがちですし、逆に8小節目は高めにとります。それでは何にもならないわけでどの音でも正しいピッチで練習しなければなりません。第4小節目の音を低くとるとトランペットの第一ピストンの音が低目になり、これを続けて長く吹いていると、楽器自体が低い点で共鳴するようになり、楽器のピッチを悪くしてしまいます。「楽器のピッチは作った時から不変ではなく、吹いている人のくせになじんで、そのくせの通りのピッチを作ってしまう」という点に充分気をつけないとなりません。

ピストンを押さえればお望みのピッチが出るのでなく、唇の振動の正しさがピストンを押えることより大切だ、ということをよく知っておかなければなりません。金管楽器は種も仕掛もないのです。「種や仕掛は唇の振動にあるのだ」ということは何度も申上げても言い過ぎではありません。

さてしかし実際にはマウスピースの大小により唇への当て方が多少かわってくることも振動を更によくする大切な点です。トランペットのマウスピースは唇の上下平均に大体中央に当てます。またその位置でも低い音域を吹くときは圧力をやや上の唇にかけるように、下唇への圧力を弱めます。これはマウスピースだけ手に持って吹いてみると、低音域になった時にマウスピースの先端(ラッパに差し込む方の)を少し上向きに上げると低音域が安定するのを感んじるでしょう。

ホルンでは勿論下唇の方に多くマウスピースをかけます。トロンボーンではこれとは逆に上唇にマウスピースの大半をかけて吹くようにします。ユーフォニアムやテューバではやや下唇に多くマウスピースを当てると音が安定します。これらは多少個人差はありますが一般的に多く用いられているやり方です。


2)倍音列をリップスラー正しく鳴らそう

これらのバズィングができたら次に大切なことは各ピストンの倍音列をリップスラーでしっかり鳴らす練習をすることです。楽譜⑬はその一例です。楽譜⑭も有効な練習例です。こうして正しい振動を基本に楽器を鳴らすことが大切です。



これらの練習は決してトランペットだけに必要な練習ではなく、マウスピースが大きい他のすべての楽器にとっても絶対に必要な練習ですので、是非曲の練習中にも部分的にとり出してこのマウスピースのバズィングによる練習を試みられることをおすすめします。

 

秋山紀夫【あきやま・としお】 秋山紀夫
 前ソニー吹奏楽団常任指揮者。現おおみや市民吹奏楽団音楽ディレクター。(社)日本吹奏楽指導者協会名誉会長、(社)全日本吹奏楽連盟名誉会員、アジア・パシフィック吹奏楽指導者協会名誉会長、WASBE(世界吹奏楽会議)名誉会員、浜松市音楽文化名誉顧問、アメリカン・バンド・マスターズ・アソシエーション名誉会員。ソニー吹奏楽団名誉指揮者。

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