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39.新隊長就任

吹奏楽を愛して ~65年のあゆみ~
(連載100回)

吹奏楽に夢と希望を燃やしながら―――
助安 由吉
(株)エイト社代表取締役
ロケットミュージック(株)顧問
吹奏楽ポップス楽譜の生みの親は服部良一先生と長男の服部克久先生である。
吹奏楽はクラシック中心の世界。
その中に歌謡曲やポップスを入れてバンドの多くの皆さんに喜びを与えられたことが吹奏楽の発展へつながっていく。



39.新隊長就任

 緒方太助隊長が左遷されて後任に新隊長が第一管区音楽隊に来たのです。緒方隊長は私と同じでずんぐりむっくりでしたが、新隊長は背も高く体格もよく外見は誰がみても素晴らしい方です。実力のある隊長と聞いていたので隊員の皆さんも期待しています。最初の練習曲はシューベルトの「未完成交響曲」でした。この曲は難しいので数回練習はしましたが、プログラムには1度ものせたことがありませんでした。さすが新隊長だなぁと誰もが思っていたのです。しかしそうではないことがだんだん判ってきました。私にはその実力のほどは判りませんが、すごく感情的なのです。気に食わない演奏をすると指揮棒を叩いて折ることも度々あるのです。緒方隊長と正反対の隊長です。緒方隊長は隊員全体の和を考えて練習するのですが、新隊長は自分の気分によってやるので隊員たちは皆んなビクビクものです。
 ある日クラリネット協奏曲の練習の時です。クラリネットの演奏が気にくわないと言って、クラリネットのファーストの上条士長と大岡士長の譜面台から楽譜を取ったのです。けれども2人共クラリネットの名手でしたので、譜面が無くても暗譜しているのでどんどん演奏を続けていくのです。そのことを知った新隊長の怒りは爆発したのです。このようなことが合奏練習するたびにおこるのです。私は思うには地方でたくさん演奏会をするのは練習を通して皆んなに喜んでもらうことが大切なのです。だから練習の時も隊員と隊長が信頼で一体になる必要があります。このまま進んでいくと隊員と新隊長の間に不信感がつのるばかりで大変なことになるのではないかと心配になってきたのです。更に私のことですが、中央音楽隊から時々楽譜を借りに行きます。そのようにしてレパートリーを増やしていたのです。ある日新隊長の合奏練習の終わったとき「助安、中央音楽隊から借りている楽譜を返しておけ」と隊員の前で強く命令されたのです。勿論私は借りた楽譜は返してあるので、そのように言おうと思ったのですが、もしそんなことを言うと感情の爆発が起きるので「ハイ判りました楽譜は返します」と隊長の顔を立てたのです。そして事なきを得たのです。それからしばらくして隊長室に入って「中央音楽隊の楽譜は返してあります」と報告をしたのです。隊長は「そうか」と言うだけでした。

 新隊長になってからの第一管区音楽隊は演奏回数は減りましたが地方の演奏会はあります。長野県の松本城の外での演奏会の時のことです。お客さんはたくさん集まって聞きに来てくれています。何百人もの人が集まってわれわれの第一管区音楽隊の演奏を聞いてくれています。そんな時のことです。ある楽器の音が違うと言って演奏を止めたのです。この行為は非常に大変なことです。皆んなが楽しく聞いているにもかかわらず音が違うからといって演奏を止めるなんて今迄聞いたこともありません。まずお客さまに失礼です。楽しみな演奏を止められることによって水をさすからです。すぐに最初から演奏を初めたのですが何とか形にはなりました。スタジオで録音するのとは違って外での演奏会です。音が違っていたとしてもお客さまがそれに気付くこともなく、普通ならばそのまま進めていくと思うのです。このことによってお客さまに失礼であると同時に音楽隊のメンツはどうなるかと言うことです。
 それ以降新隊長に対しての不信感はつのるばかりで、隊員の顔が緒方隊長の時とは全く違うようになっていったのです。音楽は演奏する方も聞く方も楽しくなってもらいたいものです。それが苦しみに変わっていくのです。私はこの件から多くの事を学ぶことができました。音楽の基本を思い出したのです。音楽は楽しむためにあることを。

 それからもうひとつ大変なことが起きてしまったのです。それは時々すべての自衛隊員は缶詰を食べる日があります。それは駐屯地にいつも演奏旅行にいっても日は決まっているのです。その缶詰を食べている日に新隊長は演奏会を申請してくれた団体の方が隊長のみに寿司を出して食べている所を隊員が見てしまったのです。食べている部屋のドアが開いているので皆んなが代わる代わる見に行ったのです。緒方隊長の時はどんなに接待されても規則は守って缶詰を食べていたのに今度の新隊長は食べるのです。隊員はその事の確認のために寿司を食べている所を外から見て怒りの心をもって皆んなで見たのです。

 緒方隊長が北海道の帯広駐屯地に行く前に新隊長と話し合ったことのひとつに「助安が夜間高校に入っているのを認めて欲しい」と言ったところ「それは出来ない」と言ったとのことです。「もう少ししたら卒業になるのでそれまでは何とかして欲しい」と言うことになり、しぶしぶ認めてくれたとのことです。もし緒方隊長との話し合いが無かったら夜間高校も中退になっていたことは間違いありません。

 新隊長になってから隊員同士の話し合いも多くなり、今後どうしたらよいかと言う事が多くなったのです。特に合奏練習の時の怒鳴り声は大きくて練習に身が入らないのが現実です。特に嫌われたのはクラリネットの名手である上条士長です。音楽のこともよく知っており新隊長の指揮について曲の内容についても違いがあるのです。それを新隊長は判っているので特に目をつけて厳しい要求するのです。実力がずば抜けているので知識では一枚も二枚も上です。新隊長もクラリネット出身なので余計腹が立つのかも知れません。

 緒方隊長はまず隊員のことをよく考えてくれる人でした。特に私の場合は並のものではなく、吹奏楽に対しての心の持ち方を、それと吹奏楽のために普及活動の大切さを身をもって教えてくれたのです。正に命をかけていたのは間違いありません。


 



助安由吉の作品集
音源ダウンロード
演歌 お父さんありがとう(歌:瞳 勝也)
お母さんありがとう(歌:若林 千恵子)
(1966年・31才の時)
歌謡曲 わが道(歌:助安 哲弥)
生まれた理由(歌:助安 哲弥)
(1994年・59才の時)
吹奏楽 愛のはばたき
ミドナイト イン トウキョウ
真珠採りの歌
駅馬車
(演奏:海上自衛隊東京音楽隊)
(1960年・25才の時)
環境詩 緑したたる地球を守ろう(ナレーション)
緑したたる地球を守ろう(英語版のナレーション)
(1971年・36才の時)

吹奏楽が生きる力となり 夢と希望となる
吹奏楽は皆さまの体であり、皆さまの血や肉であり、皆さまの精神であり、永遠に尽きることのない魂たちです。
クラシックが中心の吹奏楽界の中で、歌謡曲やポピュラーソングを入れ、このように大発展ができたのは、バンドの皆さまのお力のおかげです。
全国のバンドの皆さまに心からありがとうと言う以外に言葉はありません。


助安 由吉

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