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Music People Vol.92「吹奏楽の父」秋山紀夫お別れコンサート

Music People Vol.92「吹奏楽の父」秋山紀夫お別れコンサート

 

2026年2月21日(土) 秋山紀夫先生追悼コンサート @RaiBoC Hall《Band Journal 2026年5月号に掲載されたコラムより》 


【第二の父 秋山紀夫先生との記憶】
私は秋山紀夫先生と約40年のお付き合いがあり、私にとって先生はまさに「第二の父」のような存在でした。私が20歳の時、秋山先生は私をアメリカ・テキサス州の音楽出版社Southern Music Co.に紹介してくださいました。私は大学を中退して渡米し、日本人初の社員として8年間勤務することになります。テキサスにいた間も、秋山先生は何度も訪ねてきてくださり、またシカゴでは毎年一緒に「ミッドウェスト・クリニック」に参加していました。帰国後も先生は毎月必ず飲みに誘ってくださり、音楽や吹奏楽界の未来について多くのことを語ってくださいました。またアメリカだけでなくアジア各国もいろいろと同行させていただきました。先生からは本当にたくさんのことを学ばさせていただきました。

2023年「第32回日本管打・吹奏楽アカデミー賞」で秋山先生が「研究部門」受賞。「制作部門」はロケットミュージックで、「演奏部門」はズーラシアンブラスが受賞。

【大宮のホールに奇跡を感じて】

しかし先生の最期はあまりにも突然でした。2025年12月9日、急逝。あまりにも急な出来事でしたので、いきなり大きな葬儀を行うのはご家族にとっても大変なこと、「まずは家族葬でしっかりお送りし、その後に偲ぶ会を開きましょう」と秋山家にご提案し、ご了解をいただきました。家族葬には私も参列させていただきました。

そして家族葬に参列させていただいたとき、秋山先生の次女でクラリネット奏者の秋山かえでさんに「追悼コンサートもやりましょう」と提案しました。すぐに、かえでさんも賛同してくださり、「では日程を探しましょう」ということになりました。「先生の生まれ育った大宮で開催しましょう」という話になり、大宮のホールを探し始めました。すると、新しいホールであるRaiBoC Hallが、2か月後の「2026年2月21日(土)」だけぽっかり空いていたのです。通常このホールは一年先まで予約が埋まり、特に土日はまず空くことがありません。「これは秋山先生の思し召しかもしれない」と感じ、その場で予約を決めました。こうして、弊社ロケットミュージック主催で追悼コンサートを開催することになりました。

 

【多くの協力により2ヶ月で本番へ】
通常、コンサートは一年ほどかけて企画・制作を進めます。しかし今回は、秋山かえでさんと私で「2か月でやりましょう」と決めました。そこからが本当に大変でした。指揮者は誰にお願いするのか、奏者はどうするのか、ステージマネージャーは、裏方スタッフは・・・決めるべきことが山のようにありました。

 秋山先生が終身名誉音楽監督を務めていた「おおみや市民吹奏楽団」は直前にシンガポールツアーを控えており難しいかもしれない。プロ吹奏楽団に依頼するにも経費やスケジュールの問題がある。そんな中、別件で作曲家の伊藤康英先生と打ち合わせをした際、この追悼コンサートの話をしました。すると伊藤先生は「では私が指揮をしましょう。二部構成にして、おおみや市民吹奏楽団にもお願いし、常任指揮者の武田晃先生にも指揮をお願いしましょう。さらにメモリアルバンドを作り、秋山先生を慕っていたプロ奏者や音大生で編成しましょう」と提案してくださいました。

すぐに武田先生へ連絡すると快諾をいただき、計画は一気に動き出しました。さらにソニー吹奏楽団の川本統脩先生にも指揮をお願いしました。ステージマネージャーは東京佼成ウインドオーケストラの理事長・勝川本久さん、大橋証太さんが手を挙げてくださり、裏方スタッフにはおおみや市民吹奏楽団、埼玉県吹奏楽連盟の有志の方々が協力してくれることに。メモリアルバンドのメンバーも、プロ奏者を中心に次々と参加の手を挙げてくれ65人が集まりました。

全員が「2か月で作り上げる、秋山先生を送る音楽葬」という趣旨を深く理解し、一つの想いで結束していきました。12月15日の家族葬からわずか2週間後、12月末には企画の骨格がほぼ完成していました。その後は連絡、連絡、また連絡の日々で、年末も正月も土日もないほどの忙しさでした。しかし皆様が早朝でも深夜でも協力してくださり、本当に感謝の気持ちで一杯です。

コンサートの様子は「完全版公開YouTube」でご覧いただけます。概要欄には電子パンフレットへのリンクもありますので、曲解説などもぜひお読みください。

 

【使命はその情熱を受け継ぎ 次の世代へつなぐこと】

この追悼コンサートを通して私が強く感じたのは、「吹奏楽の父」と称された秋山先生の音楽葬に、信じられないほど多くの方々が協力してくださったということです。それはまさに秋山先生の人徳そのものだと思います。

私は40年間、先生にお世話になりっぱなしで、何一つ恩返しができていません。それどころか、先生がお亡くなりになった後でさえ、こうして多くのご縁や力を与えていただいたように感じています。私は一生かかっても先生にはかないません。

ただ一つ、私がやらなければならないことがあります。それは、秋山先生の情熱を受け継ぎ、その灯火を次の世代、さらにその次の世代へと繋いでいくことです。

天国の先生から「おお、ヒロちゃん、よくやっているね」と言っていただけるよう、これからも精一杯努力していきます。先生、この40年間、本当にありがとうございました。先生が蒔いてくださった吹奏楽の種は、これからも多くの人の心の中で芽吹き、世代を越えて受け継がれていくと信じています。

そしてその音が鳴るたびに、私たちはきっと先生の笑顔を思い出すのだと思います。その音の中で、先生はこれからもずっと生き続けていかれるのだと思います。

ロケットミュージック
代表取締役
助安博之

コンサート「全編YouTube」はこちらから↓

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