Music People vol.43 浅利 真
1つのきっかけが思いもよらない未来を作る
私は中学生の時にサクソフォンに一目惚れし、吹奏楽部に入部しました。それまでは故郷の北海道稚内市で野球かスキーしかしていませんでしたが、そこで音楽にのめり込み、気づけば30年の月日が経ちました。楽器を始めた頃はもちろん演奏家になるなんて万に一つも思っていませんでした。しかしたくさんの人との出会いと関わり、そして多くの感動する音楽に触れたことが今の自分を作ったのだと思います。
高校1年生の時、吹奏楽部の部室で『ジャン=イヴ・フルモー・サクソフォンカルテット』のCDに巡り合ったことは、まさに人生の方向性を大きく決める電撃的な事件でした。サクソフォンの本場フランスを代表するこのアンサンブルのCDにはドメニコ・スカルラッティ作曲のソナタを集めた『3つの小品』が収録されていて、それは初めて聴くクラシック・サクソフォン・アンサンブルの響きでした。私はそのあまりの美しさにまるで雷に打たれた様な感覚になり、それ以降サクソフォン・カルテットにすっかりのめり込んでいきました。おそらくこのCDを聴いていなければ音大にも進まず、全く別の人生を歩いていたと思います。
結果的に自分の活動にカルテットというものが根付き、音大を卒業してから結成した『ヴィーヴ!サクソフォン・クヮルテット』では、武蔵野音楽大学の同期で作曲家の八木澤教司さんの提案により、邦人作曲家に作品を委嘱して新たなレパートリーを作る活動が始まりました。そうして毎年生み出されていったサックス四重奏の新作は、2019年現在で16人もの作曲家に合計25作品も書いていただくほどになりました。いくつかの作品はアンサンブルコンテストの全国大会の舞台で披露されるなど、とても嬉しい報告が届くことがあります。
そしてそれら委嘱作品を中心に『ヴィーヴ!』でレコーディングして全国発売されているCDは5枚を数えるほどになりました。これらを聴いて以前の高校生の私のようにアンサンブルを好きになったり、何かのきっかけになればこんな嬉しいことはありません。それに直接会ってはいなくとも遠く離れた場所にいる人や、まだ出会ってもいない人に影響を与えるような重要な仕事をしているのだという責任感や緊張感が常にあります。
日本の最北端での小さな感動がこのようにして次の世代につながっていることは、なんとも言えず不思議で感慨深く、改めて日頃からたくさんの音楽や絵画、映画、舞台などの様々な芸術にアンテナを張り、良いものを探し続ける必要があるのだと感じさせられます。もしかしたらどこかで人生2度目の雷が落ちるかもしれないのですから。
「想い」を伝えたい
『ヴィーヴ!』は毎年春に上野にある東京文化会館を中心に開催される『東京・春・音楽祭』の企画である『桜の街の音楽会』という野外コンサートシリーズで、2010年より毎年演奏しています。約1ヶ月間の音楽祭期間中に40~50回のステージに出演して多くのお客様に聴いていただいています。
高校時代からサックス四重奏に没頭していたことと、仕事としてカルテットが本格始動してから自らがアレンジをする様になったことにより現在のレパートリー数は400曲以上になっていて、ジャンルもクラシックはもちろんポピュラー、ジャズ、アニメ、童謡、演歌等、豊富なレパートリーからその場にいるお客様の顔ぶれを見て選曲するスタイルをずっと続けてきました。気温の暖かい日や寒い日等の天候条件でも好まれる曲は違ったり、ノリの良い音楽とゆったりとした音楽とのバランスも重要です。どんな曲を選ぶか、どの順番で演奏するのかはステージの盛り上がりに大きく影響するので試行錯誤を重ねながらより良いステージを目指して毎回違うプログラムで演奏しています。
そして経験の中でただ演奏していても、お客様はそこまで楽しんではくれないことを薄々と感じる様になりました。曲間のトークで雰囲気を作り、コミュニケーションを取って距離感を縮め、時には一緒に手拍子をしてその場にいる皆が素敵な時間を共に過ごしているという一体感を持てる様に演奏以外の部分にもたくさんのこだわりを持ってステージに臨んでいます。
そんな音楽を通じて皆さんに「もっと喜んでもらいたい」という私たちの「想い」が伝わるよう今後も前進していきたいと思っています。
素敵な音楽を聴けばきっとしばらくは幸せな気分が残ります。多くの人が少しでも幸せになれば世の中から1つくらい争いごとが減るかもしれません。
それもまた伝えたい「想い」の1つです。
Nostalgie(作曲:岩田 学)
陽のあたる庭(作曲:八木澤教司)
浅利 真【あさり・まこと】 サクソフォン奏者 武蔵野音楽大学卒業。『ヴィーヴ!サクソフォン・クヮルテット』バリトン・サクソフォン奏者。『東京・春・音楽祭―東京オペラの森』『軽井沢八月祭』等の音楽祭に多数出演。またアメリカ、フランス、タイ、シンガポールにソリストとして招かれる等、海外での活動も多い。2015年9月にソロ1stアルバム『ヴォンゴレ!』をリリースした他、ブレーンミュージック及びバンドパワーレーベルから計6枚のCDを全国発売。映画『フレフレ少女』の劇中に使用されている吹奏楽アレンジを担当。 |