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秋山紀夫先生へ、感謝を込めて

日本の吹奏楽の発展に生涯を捧げ、その礎を築かれた秋山紀夫先生。
先生が歩まれてきた道のりは、教育・指導・普及のすべてにおいて、
日本の吹奏楽文化そのものを形づくるものでした。

数えきれないほどの出会いと指導を通じて育まれた音楽は、
今もなお多くの演奏者や教育現場に息づき、
次の世代へと受け継がれ続けています。その功績は、
単なる歴史ではなく、現在進行形で響き続ける「音楽の遺産」と言えるものです。

2026年2月21日には、先生への感謝と敬意を込めて、
「お別れコンサート」が開催されました。
会場には多くの関係者・演奏者が集い、先生が遺された歩みと想いを音楽にのせて讃える時間が共有されました。
それぞれの音に込められた感謝の気持ちは、
ひとつの大きな響きとなり、深い余韻を残しました。

本LPでは、「秋山紀夫先生へ、感謝を込めて」という想いのもと、
先生の歩まれた軌跡とその功績を改めて見つめ直し、
その精神を未来へとつないでいくための記録とメッセージをお届けいたします。

秋山紀夫 お別れコンサート【映像配信】

秋山紀夫 お別れコンサート 【レポート】

2月21日(土)/RaiBoC Hall(さいたま市民会館おおみや)
文・写真提供=助安博之(ロケットミュージック代表取締役)

秋山紀夫先生の軌跡 -映像と写真より-

秋山先生の歩み(スライドショー)

吹奏楽に捧げた歩み(インタビュー)

香港の子供達を指導する秋山先生

秋山先生への追悼文

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長崎県スポーツ行進曲(comp.秋山紀夫) 吹奏楽譜

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《作曲の経緯 浅木森友彦》

昭和44年(1969年)の長崎国体(創造国体)において、長与町立長与中学校吹奏楽部は長崎地区の他の4つの中学校と共に「式典音楽担当」として指定を受け、「国体の中央講師」として秋山紀夫先生が招かれ指導を直接受けました。その際に「西洋文化は長崎からだからね、《蝶々夫人》を入れない訳にはいかないよ」と語り、その旋律を取り入れた行進曲を作曲された、というエピソードが、長与中学校吹奏楽部を指導されていた西川 浩先生(同部の初代指揮者)の回顧録に残っています。長崎県では親しみを込めて「県スポ」と略して呼ばれ、運動会、体育祭、地域のスポーツ大会の入場行進などで、定番中の定番として今でも演奏されています。 吹奏楽界に多大な功績を残された指揮者・教育者、秋山紀夫先生のご逝去を受け、ロケットミュージック主催の「秋山紀夫先生お別れコンサート」での演奏。長年にわたり日本の吹奏楽の発展に尽力され、多くの音楽家や学生に影響を与え続けてこられた秋山先生への感謝と敬意を込め、ゆかりのある出演者・関係者による演奏です。

吹奏楽「昭和の資料集」 吹奏楽の歩み: 初期から成熟期にかけて 【秋山紀夫著】の画像

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日本の吹奏楽の父と呼ばれる秋山紀夫先生が収集してきた「吹奏楽の記録資料集」。 貴重な資料を盛りだくさん集録した吹奏楽の歴史を知れる一冊。A4版、290ページ。
《内容》
1 昭和の吹奏楽小史
2 昭和20年以前の日本の吹奏楽事情について
3 昭和35年〜53年までの吹奏楽界の記録
4 昭和30年代に日本を訪問したアメリカ軍楽隊の記録
5 ムジーク・ドゥ・ラ・ギャルド・レピュブリケーヌ 初来日の記録
6 日本吹奏楽指導者協会(JBA)アメリカ吹奏楽視察旅行
7 オール・ジャパン高校吹奏楽団の米国独立200年祭記念パレード
8 全日本吹奏楽コンクール記録
9 当時のスクールバンドのステージ写真
10 日本における、吹奏楽団体名簿について
11 武蔵野音楽大学管楽研究部の記録
12 大阪市音楽団の航跡
13 東京佼成ウインドオーケストラとアメリカ人指揮者との交流の記録
14 JBA-ABA 合同コンベンションの記録
15 APBDA(アジア・太平洋吹奏楽指導者協会)について
16 当時の様子がわかる写真や資料
17 来日して指揮、クリニック を行った音楽家
18 昭和時代に愛好された吹奏楽曲の作曲家(45人)
19 Midwest Clinic に出演した日本人とバンドの記録
20 職場吹奏楽団の海外進出 《ソニー吹奏楽団の場合》
21 後世に残したい吹奏楽曲の名曲(68曲)
Bonus Truck 日本の吹奏楽の礎を作ったジョン・ウイリアム・フェントン
22 John William Fentonの足跡と終焉の地を求め