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Music People vol.65 木山竜志

吹奏楽部の「甲子園」


 タイトルの「甲子園」は文字通りの「甲子園」です。そんな甲子園球場での体験を交えつつ、私の吹奏楽の経験をご紹介させていただきます。

 音楽は小さいころから好きでしたが、中学までは運動部に属し、吹奏楽とは全く縁がありませんでした。高校に入学した時、新入生歓迎演奏で聴いたカーペンターズの「青春の輝き」と「九ちゃんグラフィティ」(坂本九さんのメドレー)に「かっこいい!」という憧れをもったことが、私の吹奏楽人生の始まりでした。コンクールに定期演奏会、病院への訪問演奏など経験することすべてが新鮮で、盆と正月以外はひたすら練習する日々でしたが、充実した時間でした。中でも、初めて出たコンクールで演奏した「アルメニアンダンス・パートⅠ」は今でも一番好きな、思い出の曲です。ただ、夏の野球応援はコンクールの地区大会と重なることが多く、3年間で県予選1試合しか縁がありませんでした。

 大学でも吹奏楽を続け、学生指揮者を務めさせてもらいました。また、大学近くにある公立の中学校で吹奏楽指導のボランティアをさせていただき、コンクールで指揮を振る経験も出来ました。吹奏楽指導に思いを強くしていった日々でした。


 大学卒業後、智辯学園中学校高等学校に新任教師として着任、吹奏楽部の顧問としての日々は挑戦の連続でした。当時の吹奏楽部は勉強に重きを置いて週3日の活動日、そして対外的な活動は野球応援のみという部活動でした。私はせっかく吹奏楽の活動をするのだから、さまざまな曲にチャレンジし活動の幅を広げようと、取り組みを促しました。生徒もそれに応え、それまでに比べはるかに忙しい部活動に変わりましたが、レパートリーの幅は広がり、活動の機会も増えました。吹奏楽コンクールも2017年から参加し、そこから5年挑戦し続けています。一方で週3日の活動日は変わっていません。学校の方針もありますが、少ない活動日の中でどれだけ集中して取り組み、どこまで自分たちのレベルを引き上げられるのかということは、今も智辯学園吹奏楽部がチャレンジし続けていることです。

 ところで、伝統の野球応援に関しては、着任当初は目から鱗の内容ばかりでした。オリジナルの応援曲を多用し、試合中はどんな場面で曲を変えるか、相手のミスにはファンファーレを鳴らさないなど、緻密なルールのもと、応援団と一体化した応援ができる体制が完成されていました。生徒はこの伝統を継いでいくことに誇りを持っています。私もその一端を担うことができることに大変やりがいを感じています。


 初めて顧問として野球応援に参加した際、こんなに過酷な活動があるのかと絶句しました。風があまり吹かない奈良の球場は、暑いときは36度を簡単に超えていきます。そんな中攻撃が長く続けば15分、20分と「アフリカンシンフォニー」を吹き続けるのです。指揮者はヒットのファンファーレを出すために試合から目を離すことができません。時においしくはない(作っている方ごめんなさい)経口補水液を飲みながら応援を続けます。しかし過酷な県大会を抜けると、野球部同様、吹奏楽部にも甲子園球場が待っています。広く開放的な球場、澄み渡る青空、心地よく吹く風は何にも代えられない経験だと思います。

 私は勤務して13年目になりますが、ここ10年、野球応援における吹奏楽の活動はますます注目が上がってきているように思います。高校野球ブラバン応援研究家の梅津有希子さんをはじめとするライターさんの紹介や各種メディアの影響は大変大きいと思います。そのような中、智辯学園吹奏楽部がメディアに出演させていただく機会も非常に多くなりました。2018年には「ブラバン甲子園ライブ~関西編~」にも参加の機会をいただき、大阪のフェスティバルホールの舞台に立つ機会までもらえました。智辯学園吹奏楽部だから経験できることがますます増えていきました。


 2020年の1月、センバツ高校野球への出場が決まり、雑誌の取材やテレビの取材の機会もありつつ、来る野球応援に向けて生徒と気持ちを高めていました。しかしこの時すでに「コロナ禍」の足音は静かに近づいていました。全国の学校が一斉休校になりセンバツ高校野球も中止、吹奏楽コンクールも中止と、吹奏楽部の活動の状況は様変わりしました。奈良県独自のコンクール代替大会やテレビ番組のリモート応援企画など活動の場はありましたが、野球応援の場はなかなか帰ってきませんでした。2021年のセンバツ高校野球では録音を球場に流すという高野連初の試みで、自分たちの音を野球部に届けることができました。そしてその年の夏の甲子園大会。吹奏楽は条件付きでアルプススタンドに戻れることになりました。

 夏の甲子園の1回戦。その日は薄曇りでしたが、時折のぞく青空に「ああ、またここで演奏ができるのだ」と感慨深くその景色を見ることができました。スタンドにあるのは、活動の場をたくさん失い涙してきた生徒の顔ではなく、本当に清々しく、わくわくして試合開始を待つ笑顔でした。グランドの球児に負けない笑顔がそこにありました。その時にあらためて実感したのは、ここが球児たちにとって「甲子園」であるのと同時に、吹奏楽部にとっても「甲子園」なのだということです。この場所で楽器を演奏して応援することは、かけがえのない経験なのです。ちなみに、約2年ぶりとなった野球応援は、(ありがたいのですが)攻撃の時間が長く、ハードな応援となりました。


 吹奏楽部顧問のコラムなのに少々野球の話が長くなってしまいました。でもそれが智辯学園吹奏楽部なのです。少ない活動時間の中でコンクールも演奏会も野球応援も全て全力で取り組む。それがこの10年めざしてきた姿であり、少しずつ実現してきた姿です。ここまで読んでくださった方には、こんな部もあることを知ってくださると幸いです。

 まだまだレベルアップを図る挑戦は続いていきますし、野球応援も伝統にしがみつくのではなく、常に新しいものを追求していく必要があります。しかし、いずれも活動の場がないと気持ちは続いていきません。またいつの日か元のように日常の中に音楽が戻り、多くのお客さんから拍手をもらう中で演奏会をしたり、満員の甲子園球場で応援できる日が来ることを切に願い、智辯学園吹奏楽部のチャレンジは続いていきます。




木山竜志【きやま・りゅうじ】
智辯学園中学校高等学校 吹奏楽顧問

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