Music People Vol.90 ロケットミュージック代表取締役 助安博之

真島氏と1枚のCDを作るために世界一周
真島俊夫氏と私の間にはたくさんの想い出があります。その中でも真島氏ご夫妻と私で世界一周したことは決して忘れることはできません。私たちはたった1枚のCDを録音するために旅に出たのです。
キングレコード様によるCD「GOLD POP」。2009年の当時、私はこの「GOLD POP」の制作の全てを引き受けました。制作というのは、企画、選曲、演奏団体、指揮者、ゲストミュージシャン、ディレクター、エンジニア、スタジオ手配等、気の遠くなるような多くの作業が含まれています。私はまず総監督を真島氏にお願いすることにしました。
私が打ち合わせに選んだ場所は赤坂にある「オーバカナル」というカフェ。ここは真島氏の愛するタバコが吸える上、氏がこよなく愛するワインが豊富に取り揃えられています。ワインを飲みながらの打ち合わせでは自ずと企画の規模が大きくなっていき、最終的にはまるで冗談のような企画になってしまいました。当時は本当に実現できるのか誰もが不安になるような企画でした。
例えば・・・
●サックスソロはジャズ・ジャイアントの一人、フィル・ウッズ氏。
●ハーモニカソロは真島氏が大尊敬するジャズ・ジャイアント、トゥーツ・シールマンス氏。
しかし私たちはフィルとトゥーツのマネージメントと交渉を重ね、最終的に出演の承諾を得ることができました。フィルはニューヨーク、トゥーツはベルギーのスタジオでレコーディングすることになったのです。
こういった経緯で真島氏ご夫妻と私は連れ立って旅に出ることになったのです。
ニューヨークでのフィルの録音。その凄まじいソロの演奏風景は今でもよく覚えています。航空自衛隊による演奏音源と合わせて演奏されるフィルのアドリブ。最初のテイクから6曲通して全てが完璧でした。ガラス細工のような繊細な響きから咆哮のような激しいソロ。それを目の当たりにした真島氏が何度も何度も深く頷いていたのが印象的です。
その夜はスタッフみんなで真島氏の部屋に集まり、氏のお気に入りのワインを飲みながら、朝まで何度も何度もラフミックスを聴き続けました。あまりの素晴らしい録音に高揚した私たちは誰も眠ることができなかったのです。その時の氏の満足そうな笑顔は今でもよく思い出されます。

ニューヨークを後にした私たちは一路ベルギーに向かいました。トゥーツの録音です。プールバーやダーツが併設されたレコーディング・スタジオ。ミュージシャンやスタッフがリラックスした雰囲気で作業できる最高の環境でした。およそ1本のハーモニカから奏でられているとは思えないような美しいソロ。時に叙情的で詩的でもあるサウンドは、その場にいるスタッフ全員の心を一瞬にして掴んでいました。この時の真島氏とトゥーツのコミュニケーションは完璧で、2人の人間が1つの目標に向かって完全に同調していました。

ベルギーでのレコーディングを終えた私たちは、氏の愛するパリに向かいます。この時私は朝から晩までご夫妻とご一緒させていただきました。お2人はその時間の全てを私のために使ってくださったのです。パリに不慣れな私はご夫妻の心のこもった案内で全く不自由を感じることなく、これまでに無いほど楽しくリラックスした時間を過ごすことができました。昼のカフェでは氏の愛するシャトー・ラフィット・ロートシルト、そして夜のバーでは料理に合わせたシャトー・モン・ペラを。私が赤ワインを飲む時には、ボルドーのワイナリーについて熱っぽく語る氏のはにかんだような顔が思い出されるのです。
日本での録音でも氏は一切妥協しませんでした。
数原普(Tp)、平原まこと(Sax)、フレッド・シモンズ(Tb)、外囿祥一郎(Euph)、前田憲男(Pf)、田附透(Gt)、久末隆二(Bs)、阿野次男(Dr)。
これだけの演奏家が同じ場所に揃うことなんて他ではありえないことだと思います。真島氏は、「音楽」には一切の妥協はしません。それが所謂「真島流」なのです。
ではなぜこれほどまでに一流のミュージシャンを集めることができたのか? それは真島氏の「人柄」、この一言に尽きます。氏はとにかく人を大切にする人でした。一度でも氏と関わったことのある人なら誰もが知っていることです。だから真島氏が声をかけるといつでも人がすぐに集まってきたものです。
テレビ朝日「題名のない音楽会」の公開収録は抽選のため、関係者といえども気軽に誰かを招待することはできません。しかし数少ない招待席の枠に氏は行きつけのお寿司屋のご夫妻を招待していたのです(4席の内、ご夫妻で2席、あとは真島氏奥様と私です。プロミュージシャンやプロ指揮者、仕事関係でいくらでも仲の良い方々がいる中で・・。私はここでも真島氏の懐の深さを知ることになりました)。このような氏の優しさを私たちは皆知っています。
「GOLD POP」はその後「vol.2」、「vol.3」が発売されます。これらは赤坂の「オーバカナル」で夜な夜な楽しく、激論が飛び交う打ち合わせを経てリリースされました。中にはクインシー・ジョーンズ氏にプロデュースをお願いして快諾を得られたものもあります。(残念ながらその直後にマイケル・ジャクソン氏が逝去し実現にはいたらなかったのですが)
私はこれまで数々のCDをリリースしてきましたが、ひょっとしたら今後「GOLD POP」を超えるようなCDは作れないのかもしれないと考えています。真島氏無き企画制作では、これまでの物を上回るイメージを持つことができないのです。
私は何度も氏のご自宅に伺い、その度に多くの素晴らしいジャズのCDを聴かせていただいたり、ライブDVDを見せていただきました。時にはパーカッションの教則DVDを見ながら解説をしてくださったこともありました。氏は私にとっては経験豊かな人生の先輩であり、たくさんの音楽を教えてくださった先生でもあります。2011年にロケットミュージック株式会社を立ち上げた際は、氏は「僕にも出資させて欲しい」と仰ってくださいました。氏は私と会社のことを心から考えてくださっていたのです。
真島氏にお世話になったことは多すぎてここでは書ききれません。
真島氏にはもっともっと聞きたいことがありました。音楽のことや、仕事に対する向き合い方も。しかし今となっては、これまで教えていただいたことを一つ一つ思い出して自分の力で答えを見つけていく以外に道はないと考えています。
真島さん、本当にありがとうございました! 天国でもトロンボーンを吹かれていることと思います。素晴らしい曲ももうたくさんできているのではないでしょうか?
ロケットミュージック株式会社
代表取締役
助安博之
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【New York, Belgium写真回想録】


































吹奏楽のための代表作品には1985年度全日本吹奏楽コンクール課題曲となった交響詩『波の見える風景』、同1991年『コーラル・ブルー』、同1997年『五月の風』、そして『ミラージュI』『三日月に架かるヤコブのはしご』『虹は碧き山々へ』『巴里の幻影』『北の人々』『地球-美しき惑星』などがある。また1999年の『ミラージュII』は同年7月にパリのギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団により初演された。
近作としては2001年に東京佼成ウインド・オーケストラの委嘱で書かれた『三つのジャポニスム』、そして2003年の『ミラージュIII』、2006年の『鳳凰が舞う(LA DANSE DU PHENIX)』2014年の『Mont Fuji(富士山)〜北斎の版画に触発されて〜』がある。 これらのオリジナルやジャズ・アンサンブルの為の作品は日本、アメリカ、オランダで出版されている。また最近はTVドラマの音楽も手掛ける。
1997年、日本吹奏楽学会アカデミー賞を受賞(作曲部門)。
2006年、『鳳凰が舞う(LA DANSE DU PHENIX)』でフランスの国際作曲コンクール「COUPS DE VENTS : CONCOURS INTERNATIONAL DE COMPOSITION POUR ORCHESTRE D’HARMONIE」においてグランプリを受賞。
2008年、ブラジルのトム・ジョビン音楽学校からの委嘱で、マリンバとバンドの為の協奏曲『大樹の歌』を作曲。
2016年4月21日、逝去。

