Music People vol.19

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Music People vol.19

Music People Vol.19

自分自身が勉強をする、ということを肝に銘じ指導をする

 私の記憶にある最初の音楽は、両親が好きだった歌謡曲のテープを車の中で聴いていたという記憶があります。その影響か歌うことはとても好きな子供でした。

緑川裕  中学に入学し、野球部と迷ったあげく吹奏楽部に入部しました。私の中学時代、勉強は常にビリ。いたずらをしては先生に怒られる日々を送っていました 。そんな劣等感の塊のような少年が一つだけ自信を持っていたのがトランペットでした。そのトランペットを生かして、市立柏高校へチャレンジしてみないかと担任の先生に勧められ、あまり乗り気ではなかったのですが、市立柏高校へ進学しました。そこで石田修一先生と衝撃的な出会いをするのです。

 私にとって石田修一先生との出会いが今後の人生にここまで大きく影響を及ぼすとは思ってもいませんでした。生徒との向き合い方、音楽や吹奏楽に対する情熱を肌で感じ、こんな先生になりたい!と思い、教師を目指すことにしました。

 大学ではバラ色の日々を送り、1年留年。もちろん教員採用試験も撃沈。その後紆余曲折はありましたが、千葉県の公立高校音楽教諭として採用が決定しました。

 初任校は県立市川南高等学校。東京湾岸にある中規模校。部員14名。練習初日、音楽室へ向かうと集合時間は過ぎているのに人の気配がありません。中に入ると、男子はトランプ、女子は化粧を念入りにしておりました。そこから戦いの日々がスタートしました。まずは、コンクールで金賞を目指そう!と朝練習や合宿を敢行し、2年間の厳しい指導をしました。しかし、結果は全く出ず。2回目のコンクールの表彰式終了後、部長が私の足下に泣き崩れ、頂いた賞状をくしゃくしゃに丸め「先生、ほんとにすみませんでした!」と。その一言で私の中にあった何かが大きく音を立てて崩れました。厳しく指導するだけではダメなんだ。なんてひどいことをしてしまったのだろうと、帰りのバスの中では生徒とともに涙しながら帰りました。翌日生徒に今までの指導に対する謝罪をしました。

緑川裕  3年目に入り、まずは楽しくなければならない。できないことに対してしかるのではなく、やらないことに対してしかる。できるまで待つ。そしてなにより、自分自身が勉強をする、ということを肝に銘じ指導をすることにしました。そこから弱小素人軍団の快進撃が始まります。吹奏楽コンクールでは、千葉県代表。管楽合奏コンテスト全国大会出場。あまり、自分に自信の持てない生徒が多い学校だったので、「吹部が代表!全国!」と学校全体が沸き立ちました。そして、翌年には、東関東代表として東日本大会へ出場。本番中ステージで一生懸命演奏する生徒の顔を見ていると、今までの思い出が一気にあふれ出し、思わず涙が出てしまい、それにつられ生徒も涙。演奏はぐちゃぐちゃ。結果は銅賞で終わってしまいましたが、本番で泣き尽くしたのか誰も涙せず、けろっとした顔で「ま、いっか!」と大はしゃぎ。周りから見たら金賞受賞校だと思われたでしょう。そして、最後の1年間は生徒指導部長として部活どころではない日々を送り、かわいい市川南高校の生徒に別れを告げ母校、市立柏高校へ舞い戻ったのでした。

 市立柏高校では、転勤の年から音楽コースの担任として100%吹奏楽部員という不思議なクラスを持っています。また、吹奏楽部では260名を3チームに分け赤組、白組、青組に分けて活動している青組を担当。ダンスをしながら楽器を吹くという前代未聞のチームを担当しています。卒業生として教師として生徒たちに何が伝えられるか、そして、石田イズムやここまで築き上げられてきた伝統をどう引き継いでいくのか、修行の日々が続いています。



緑川裕

緑川 裕【みどりかわ・ゆたか】
柏市立柏高等学校 吹奏楽部顧問




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