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「日本バンドクリニック50周年と米国海兵隊軍楽隊の来日」その2 

「名古屋―吹奏楽指導者クリック」スタートの頃

 1970年にスタートした、第1回のクリニックは日本楽器名古屋支店のホールを中心に開催され、第5回からは名古屋の他、大阪と東京の3か所で開催されるようになり、1976年(昭和51年)に三重県の合歓の郷ヤマハミュージックキャンプに移り、更に2005年(平成17年)の第36回からは浜松市のアクトシティで開催されるようになった。
 2019年にその第50回大会を開催するにあたり、クリニック委員会では、記念となる特別行事について協議を行い、2015年初め頃の会議で、米国のトップクラスの軍楽隊招聘を企画し、日本スーザ協会協会、谷村政次郎会長(当時)に相談し、ワシントンの米国海兵隊軍楽隊を候補とした。丁度その年の7月に同軍楽隊を会場として国際軍楽協会(IMMS )の年次総会が開かれ、日本スーザ協会からも出席することになっていたため、このクリニック委員会の希望が、谷村会長から、フェッティグ隊長に伝えられた。谷村氏は帰国後それをクリニック委員会に報告した。丁度タイミングよく、2016年12月のミッドウエスト・バンド・クリニックに海兵隊バンドが出演したので、参加した小澤俊朗クリニック委員長が、2014年第28代隊長に就任したフェッティグ隊長と面接し、ペリー提督の軍隊と軍楽隊が1853年と54年に来日し、久里浜や横浜に上陸した絵のコピーを進呈して、2019年のバンド・クリニック50周年記念への訪日を正式に依頼した。
 私はこのような計画を谷村さんから伺っていた。またフェッティグ隊長とは、2004年11月スーザ生誕150年記念の演奏会にスーザ協会の方々と訪問した時に、当時のマイケル・コルバーン隊長(ユーフォニアム奏者)に代わってすべての細かい連絡をしてくれたのがこのフェッティグ隊長で、2009年シンシナチ音楽大学でWASBE大会が開かれた時にも再会して旧知の仲だった。
 こうして1年が過ぎた2017年、私はマリンバンドのホームページでフェッティグ隊長が8月5日づけで大佐に昇進したことを知り9月1日に祝福のメールを送った。すると9月6日付で返事があり、最近のCDや活動について知らせてくれた。そこで翌9月7日に「2019年の訪日の計画はどうなっていますか?」と尋ねてみた。すぐに来た返事は「この企画は期待している。ただしクリニック委員会からの詳しい返事が無い。こちらとしては、経費、日程や演奏会の回数が判らないと許可が取れない。我々としては、4日から6日間の旅行を想定している」との前向きの返事だった。
 私はすぐ小澤先生とクリニック委員会にこのことを伝えた。委員会からは12月14日に次の返事を得た。「梶本音楽事務所に頼んで問い合わせた結果、次のような返事を貰っている」とのことで、軍楽隊から来たいろいろな条件の手紙のコピーをいただいた。かなり長文の手紙の主な内容は箇条書きにすると次のような大変なものだった。
1)日程
5月13日、日本到着
14~15日、時差解消の休息日
16日、コンサート
17日、コンサート
18日、バンドクリニックで演奏
19日、帰国
演奏会への移動日の条件としては片道3時間以内であること。
2)経費
経費は主催者又はスポンサーからの米国政府へのギフトであること。
経費とは、航空運賃、宿泊、地上の交通費、楽器・その他の機材の輸送費。
3)その他
航空運賃は78名分の往復運賃
5泊の宿泊費(シングル8室、ダブル35室)
地上の交通;大型バス2台と46~28フィートのトラック
約17000ポンド(約7,700kg)の機材の輸送費
決定後に個人個人の食事についての情報も送る。
秋山紀夫

 これが明らかになったのは、2017年9月から12月の間で、それからが大変だった。条件が厳しいため、梶本音楽事務所は手を引いてしまい、別な音楽事務所もOKしてくれるところはなかった。私はメールで軍用飛行機使用の可能性等いろいろ尋ねてみたが、問題が大きすぎて解決できず困っていた。
 しかし、2017年の12月末突然朗報が委員会からもたらされた。委員会がヤハマ本社に必死で交渉の結果、費用の全額をヤマハが負担することで問題が解決され、委員会は12月22日付で隊長宛に正式な招待状を送ることが出来た。丁度この時台湾嘉義市の音楽祭に出演していた私は帰国してこの知らせを受け、隊長に「おめでとう」とメールが出せたのは12月28日であった。
 年が2018年(平成30年)に変わり、財政の大問題が解決したので、1月に音楽事務所も「オーパス・ワン」という会社に決まり、計画は本格的に動き出した。
 それからは私がお世話する必要はなくなり、2018年度のメールは5月の第49回クリニックの報告ぐらいであった。ただ事務局を悩ませたのは、海兵隊バンド訪日のパブリシティ・オープンの許可が米国から来ないので、横浜、金沢、岩国の演奏会が決まってもなかなか宣伝がはじめられなかったことだった。
 2018年8月末から9月にかけて、フェッティグ隊長から演奏会のプログラム内容について問い合わせが来るようになり、旅行や日程の問題が片付き本格的に演奏内容の検討がはじまった。小澤先生やスーザ協会の皆さんの希望であった「スーザの行進曲演奏法」についてのクリニックを加えていただくこともOKとなり、委員会でも5月17日夜が正式の演奏会、18日朝が「スーザの行進曲演奏法」のクリニック、という内容も次第に決まっていった。またこの間に17日夜の演奏会の時間をもう少し長く欲しい、という希望があり、それを伝えた委員会が快く時間を延長して下さり隊長を喜ばせた。
 2018年11月26日のメールでは、かなり具体的な曲目タイトルが挙がってきた。その中にコープランドの「交響曲第3番終曲」があり、隊長は「この曲は米国が第2次世界大戦に参加した時に作曲されたので日本人には不愉快なのではないか」と心配されていたが、「そんな心配はない」と知らせて、結局浜松のメインプログラム10曲の最後の曲として演奏された。
 また「オーパス・ワンから浜松での演奏会の時間を75分と言われたが、90分欲しい」というリクエストもこの手紙の中にあった。11月27日の私のメールで「事務局に頼んでみる」と返事をしてすぐOKとなり、11月28日にはそれを隊長に知らせることができた。また同時に2018年12月のミッドウエスト・クリニックに事務局の木京輝雄氏が参加し、更に詳しい打ち合わせが出来ることも知らせた。さらに12月初めには2019年1月に何人かのスタッフと日本に下見に行けるかも知れない、という嬉しいニュースも隊長から伝えられた。12月のシカゴには谷村さんから引き継いでスーザ協会会長となった武田晃陸上自衛隊中央音楽隊元隊長が参加しフェッティグ隊長と面談した。そうした準備もあって2019年1月24日には隊長を囲んで、スーザ協会の武田、谷村氏等と宿舎の品川京急EXホテル近くのレストランで歓談をすることが出来た。
秋山紀夫
(品川のレストランで、フェッティグ隊長を囲んで。左から、出席者:武田晃(元陸上自衛隊中央音楽隊長)、川島顕治(神奈川大学工学部英語講師)、谷村政次郎(元海上自衛隊東京音楽隊長)、それに私)
 その会食の時には全く話題としていなかった、日本での演奏会でのゲスト指揮の話が1月26日のメールで出てきた。それは私に浜松のコンサートでロバート・ジェイガー作曲の「海兵隊の精神」を指揮して欲しい、またクリニック委員長の小澤先生にも指揮してもらいたい、更に「日本人の曲を1曲加えたいが、何が良いだろうか?」という内容だった。                               
 これに対して私は「海兵隊バンドの伝統として、フェネルのような世界的指揮者がゲストに招かれることがあっても、私のような者が招かれるのは責任が重すぎるので辞退したい。ただし小澤先生はクリニックの委員長であり、海兵隊バンド招聘の発案者であるので、浜松のメインコンサートで指揮していただくのは当然必要」と返事をし、邦人の曲として伊藤康英先生の「ぐるりよざ」の第3楽章を推薦した。2019年2月4日のことだった。ただその中で「もしスーザの作品紹介の中で私のスーザ協会会員としてのシンボル行進曲である「サウンド・オフ」を演奏していただけたら嬉しい」と付け加えていた。しかしその返事はないまま2月、3月と過ぎていった。
 突然返事が来たのは4月2日朝にメールを開いた時だった。それは「5月17日夜、浜松のメインコンサートには小澤先生をゲストに招き「海を越える握手」を指揮してもらう。また「サウンド・オフ」は自らで指揮して欲しい」という内容だった。あいにくその日の朝早く家内と山梨方面に旅行に出かけねばならなかったので、返事は旅行から帰って4月5日に出すと返事して旅行に出かけた。ただし3日目に身延山で家内が転んでしまい右足の膝蓋骨にひびが入り歩けなくなってしまい、3時間30分かけてタクシーで帰宅、すぐ救急車で病院へ、という騒ぎとなり、9日には入院10日手術と続き、返事どころでなくなってしまった。私が返事が出せたのは、4月24日になってしまい、自分自身の指揮をお断りするべきタイミングを越えてしまい、かつ失礼になってしまうため、お引き受けせねばならなくなってしまった。そうした事情から、5月17日朝の名誉ある指揮のチャンスを迎えることになってしまった。当日はリハーサルなしのブッツケ本番だった。
秋山紀夫
(続;以下次号)


秋山紀夫【あきやま・としお】 秋山紀夫
 前ソニー吹奏楽団常任指揮者。現おおみや市民吹奏楽団音楽ディレクター。(社)日本吹奏楽指導者協会名誉会長、(社)全日本吹奏楽連盟名誉会員、アジア・パシフィック吹奏楽指導者協会名誉会長、WASBE(世界吹奏楽会議)名誉会員、浜松市音楽文化名誉顧問、アメリカン・バンド・マスターズ・アソシエーション名誉会員。ソニー吹奏楽団名誉指揮者。




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