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吹奏楽を愛して ~65年のあゆみ~ 第九回

吹奏楽を愛して ~65年のあゆみ~
(連載100回)

吹奏楽に夢と希望を燃やしながら―――
助安 由吉
(株)エイト社代表取締役
ロケットミュージック(株)顧問
吹奏楽ポップス楽譜の生みの親は服部良一先生と長男の服部克久先生である。
吹奏楽はクラシック中心の世界。
その中に歌謡曲やポップスを入れてバンドの多くの皆さんに喜びを与えられたことが吹奏楽の発展へつながっていく。



⑨酒場の姉ちゃん

 今日も夕方から流しに出かけなくてはなりません。私と共に流しをしてくれる先輩で幹部の人が私を呼んだのですが、私がはっきりと返事をしなかったということで、固いゲンコツでおもいきり頭を殴られました。私はすぐさま大きな声で「ありがとうございます」と返事をすると、「今日もしっかりやるんだぞ」と言い、一緒に上野の飲み屋街に行きました。現在はどうか知りませんが、当時は小さな飲み屋さんが長家のようにつながっていました。もちろん他の流しの方もいて、競争は激しいものでした。先輩は歌が上手でした。個性というか特徴があり、簡単に真似はできないものを持っていましたが、私の好きな歌い方ではありませんでした。ときどき私に「今度はお前の番だ、歌え」と言ってくれます。その時もしっかりと返事をしなくてはならないので「ハイ」と答えてから歌い始めます。
 そして流しの終わる時間がきました。先輩は少し離れたお店まで歩いて行き、その店はすでにかんばんになっているのに、店内に入って行きました。私も一緒について入りました。そこではママと言われる人がいて、先輩を接待しました。ママは愛想よく食べ物やお酒をつぎ、和気あいあいで見ていられないくらいです。もちろん私は食べ物や酒も与えられず、店の片隅にひとりポツンと座っているだけです。しばらくそうしていると、店の女給さんが目立つことなくそっと近づいてきて、耳元で「あなた新入りさんなんでしょ」と言ってきました。「はい、最近入りました」と答えると、女給さんは顔を曇らせていかにも心配そうにしました。私は今まで女性から優しく声をかけられたことがないので、少し緊張してそこに座っていると、女給さんは私に近づいてきて話をしようとするのです。私は先輩が近くにいるので、気が気ではありませんでした。もしこの姿を見られると、またゲンコツが飛んでくるかもしれないからです。しかし女給さんは、ママと先輩が仲良く話をしていてこちらを見ないことをわかっていて、私の座っている横にしゃがみ、耳元で話を始めたのです。「あなたを見ていると田舎の弟ようのに思うのよ。だから私の言うことを聞いて」と小声でささやくように話してきました。私も女給さんもチラチラとママと先輩の方に目を向けるのですが、こちらを見ることもなく2人の世界に入っているように見え、すぐどうこうはないようです。女給さんは「あなたはどこの生まれなの?」と聞くので、「北海道の比布村というところの生まれで農業をやっていました」と言うと、「お父さんもお母さんも元気なの?」と聞いてきました。私は「2人とも元気です」と答えると、女給さんは「そう、それは良かったわね。でも心配はかけてはいけないわよ。ここにいてはだめなの。少しでも長くいるとここから出られなくなるのよ。まだ来たばかりだから今なら何とかなるわ。すぐに逃げ出すのよ、1日も早くここから逃げ出せば、あなたの未来はあるのよ。いい? すぐにでも逃げ出すのよ、判った?」と念を押すと、そっと離れてカウンターの中に入って行きました。
 私は困りました。せっかく大好きな音楽の道に入れたのだから、離れたくないという思いが心いっぱいに占めています。流しをやりながら演歌の作曲家の勉強をしようと決心していましたが、酒場の女給さんが言う「そんなこと無理だ」というのもわからないではありませんでした。さてどうしようとしばらくその場所で思い悩んでいました。そうすると先輩が「矢部、帰るぞ」と言って立ち上がったのです。その時カウンターの中にいた女給さんは目をパチクリして合図を送ってくれたのです。その顔は笑顔ではなく真剣な顔をして、少し引きつって見えました。この女給さんは本当に私のことを弟と思い心配をしてくれていることがようやくわかりました。そしてその店を2人で出たのです。先輩は自分の家を持っているので一緒に泊まることはありません。それだけでも少し気が楽でした。そして私は決断をしました。女給さんの言う通りなら、一生ここから出られないかも知れない、そうすると演歌の作曲家はもちろん、吹奏楽団の中でトランペットもトロンボーンも吹けなくなる。これは私にとって1番困ることなのでした。
 この柿沼楽団に入ったとき、私は小型のアコーディオンを買って持っていたので、逃げ出すには少し重いけれど持っていかなくてはなりませんでした。私は逃げ出すことに決めました。皆が寝静まっています。同室の人は私を含めて4名です。暗いうちは外が真っ暗なので逃げることはできません。少し明るくなるのを待って、台所の裏のドアを静かに開けて外に出ました。誰も気づいてはいないようです。私はほっとして、今度は道路に出てから全速力で逃げに逃げたのです。アコーディオンを抱えているのでとても走りづらかったのですが、見つかったらただでは済まないと思ったので、生命がけの逃走です。前に2人の先輩のことを聞いていたので、余計怖さが出てきました。目をくり抜かれたり鼓膜を破られたりしたら、私の理想や夢が終わってしまいます。
 私はアコーディオンを抱えたまま"少しでも遠くに行かなければ"と思い、30分ほど息せき切って走りました。こんなに荷物を持って走ったことは今まで1度もありませんでした。そして行き場のない私は、新聞配達の職についた時に世話になった山谷のドヤ街を目指しました。山谷のドヤ街は、宿も安く食べ物もすごく安いのです。お金がないときはいつも山谷と決めていたのです。
 そこで私は考えました。"自分の安易な気持ちは世間には通用しない"。また"真剣に生きていると助けてくれる人がいる"ことが、今回の流しの件ではっきり自覚することができたのです。安易な気持ちで長居をしたならば、のちの吹奏楽楽譜の会社である株式会社ミュージックエイトはなかったのです。
 酒場の女給さんには感謝しかありません。私を自分の弟と同じように見てくれ、私の危機を救ってくれたのです。私は真面目と当時に頑固なところもあります。あのまま長居をしてしまうと、どんなことが起きても不思議ではありません。このお姉さんへのご恩はずっと忘れたことはありません。




吹奏楽が生きる力となり 夢と希望となる
吹奏楽は皆さまの体であり、皆さまの血や肉であり、皆さまの精神であり、永遠に尽きることのない魂たちです。
クラシックが中心の吹奏楽界の中で、歌謡曲やポピュラーソングを入れ、このように大発展ができたのは、バンドの皆さまのお力のおかげです。
全国のバンドの皆さまに心からありがとうと言う以外に言葉はありません。


助安 由吉



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