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吹奏楽を愛して ~65年のあゆみ~ 第二十一回

吹奏楽を愛して ~65年のあゆみ~
(連載100回)

吹奏楽に夢と希望を燃やしながら―――
助安 由吉
(株)エイト社代表取締役
ロケットミュージック(株)顧問
吹奏楽ポップス楽譜の生みの親は服部良一先生と長男の服部克久先生である。
吹奏楽はクラシック中心の世界。
その中に歌謡曲やポップスを入れてバンドの多くの皆さんに喜びを与えられたことが吹奏楽の発展へつながっていく。



21.よちよちの校歌の編曲

 第一管区音楽隊の中で、トランペットは山口三曹でソロでは巾崎士長です。クラリネットは全体をリードできる力の持ち主の上条士長でした。フルートは渡辺二曹でこの4名が音楽隊では実力者と言われる方々でした。出張演奏は時々学校に行くことがあります。学校には校歌がありますので、そんな時は編曲をします。その編曲者は緒方隊長やクラリネットの上條士長とトランペットの山口三曹です。隊員のほとんどは駐屯地内に宿舎があります。寝床は2段ベッドになっており荷物を制限されていて、持参してよい物は箱1箱だけです。ある日私のちょうど向い側の2段ベッドの上段にいるクラリネットの上條士長が「おい助安、校歌にコードネームを付けられるか?」と話しかけてきました。すぐに「上條さんに気に入ってもらえるかどうか判りませんが付けてみます。」と返事をするとすぐに楽譜を渡してくれました。音楽隊に来てから毎日練習や演奏会に出ているので少しは吹奏楽のことが判るようになっていました。しかし編曲は違うものです。編成は40~50人います。それぞれに持ち分を決めて演奏してもらう訳ですから各楽器の動きや特徴をはっきりと掴んでおかなくては何も出来ません。楽典だけ覚えていてもそれだけでは役に立たないのです。編曲するにはコードネームが最も大切な問題です。メロディとコードは切っても切れない関係にあるからです。
 私は上条さんからもらった楽譜に鉛筆でコードネームを書いて渡しました。上条さんはそれをしばらく見ていて「助安、コードネームはこれでいいよ。この曲を編曲してみないか?お前なら出来るよ。もし判らないところがあれば俺がアドバイスするからすぐにやってみてくれ。今度の出張演奏に使うので頼むよ。」と言うので安請け合いをしてしまいました。
 早速編曲に取りかかりました。毎日の経験から楽器の特徴は知っていますが、そのメロディをどのセクションに持たせるかの割り振りが面倒なのです。それにトランペットとクラリネットとテナーサックスは、B♭の性質があり、アルトホーンとホルンとアルトサックスはE♭の性質があり、フルート・オーボエ・トロンボーンはCの性質を持っています。これを編曲する時に1音上げたり短3度下げたりしながら編曲していく訳です。トゥッティと言って全員でメロディを吹くものやユニゾンと言って和音を付けずにメロディを一緒に演奏するなどして編曲していく訳です。低音部にメロディを持たせたり、トランペットやクラリネットにメロディを持たせたり、サックスセクションにメロディを持たせたり、時々はソロを入れたりまたはリズムを刻んだりハーモニーを持たせたり、更にレベルを高くすれば対旋律といってメロディに対して付ける裏メロディもあります。リズムはほとんど最初から終わりまで決まったリズムを刻むのが普通です。まずこのことを知った上で編曲をしていく訳なのです。
 編曲で一番苦労するのは、各個人宛のパートを手書きで書くことです。音符を1枚1枚人数分書かなくては実際ステージで演奏することは出来ません。私は本来器用貧乏と言われるところがあって、音符を書くのはそんなに苦にはなりませんでした。しかし1曲の編曲を仕上げることは写譜もしなくてはならないので努力努力です。こんなことは誰もやりたくないと思って当たり前です。
 編曲はこのようなことだと判っていても、私は音楽の作曲や編曲を誰からも学ぶことはありませんでした。今回も学校の校歌の編曲をするにあたって、私の勉強不足ですが、メロディに対しての対旋律の作り方が出来ませんでした。とりあえず大体出来上がったところを上条さんに見てもらったところ「まぁ良く出来ているよ。大変かも知れないがパートを作ってくれ」と言われほっとしました。
 北海道の比布村にいた頃や東京に出て15回もの転職を繰り返している時は、吹奏楽やトロンボーンを吹くという夢と希望を持って頑張ってきて、現状は夢と希望が叶ったので、今後は次の目標が無いと前向きな人生を送れません。まずは楽器を一人前に吹けるようになることと、夜間の高校を卒業することが大切だと思うようになりました。
 緒方隊長は月に1回は家で夕食を一緒に食べようと言って下さり、毎回奥さまの美味しい手料理をごちそうになっていました。奥さまはよく私を褒めて下さいました。「助安さんはいつも一生懸命頑張ってくれて助かっていると主人から聞いています。本当にありがとうございます。」と丁寧に挨拶されると身の置き場がなくなります。私は東京に出て来てからこんなに歓迎されたことは一度もありませんでした。寒い冬のような中に放り出されて、そこで凍えながら息を吹きかけながら生きてきたのです。緒方隊長夫妻の暖かい愛情の元で生活できるということはこの上もない喜びでした。
 しかしホルンのリーダーの岩岡さんは私が夜学に通っていることを良く思っていませんでした。「助安、お前がもっと上手になればバンド全体が引き締まるのでもっと頑張れよ。」と励ましてはくれるのですが、私も学校に通うようになってからは以前のように夜間の練習が出来ません。何しろ学校の勉強をする時間が足らないのです。演奏会の時には全く勉強が出来ませんが、運動会などに呼ばれた時にはそれが出来ます。楽器のケースに教科書を入れておいて一寸でも空き時間が出来たら本を読んだりメモを取ったりと二足のわらじはとても辛く厳しいものでした。しかし緒方隊長が「高校位卒業していないと困ることがあるから必ず卒業せよ」と言っていたので、これだけは守っていこうと思っていました。





吹奏楽が生きる力となり 夢と希望となる
吹奏楽は皆さまの体であり、皆さまの血や肉であり、皆さまの精神であり、永遠に尽きることのない魂たちです。
クラシックが中心の吹奏楽界の中で、歌謡曲やポピュラーソングを入れ、このように大発展ができたのは、バンドの皆さまのお力のおかげです。
全国のバンドの皆さまに心からありがとうと言う以外に言葉はありません。


助安 由吉



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