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吹奏楽を愛して ~65年のあゆみ~ 第十九回

吹奏楽を愛して ~65年のあゆみ~
(連載100回)

吹奏楽に夢と希望を燃やしながら―――
助安 由吉
(株)エイト社代表取締役
ロケットミュージック(株)顧問
吹奏楽ポップス楽譜の生みの親は服部良一先生と長男の服部克久先生である。
吹奏楽はクラシック中心の世界。
その中に歌謡曲やポップスを入れてバンドの多くの皆さんに喜びを与えられたことが吹奏楽の発展へつながっていく。



19.豊南高校の夜間部に通う

 20日間の出張演奏から戻ってすぐ、合奏場で私を含めた新入りの隊員6名で自己紹介をしました。そのあと新入隊員の各自の楽器も決められました。新入隊員の中には、今まで楽器を吹いたことがある人もいて、その場合はその楽器が優先的に割り当てられました。私はその時は楽器を持っていませんでしたが、過去に有名なトロンボーン奏者である東本安博先生から教えていただいた時にはトロンボーンを持っていて、ある程度なら音も出せ、楽譜も読めるのでトロンボーンを希望しました。私にとってはあこがれの楽器であり、この楽器で吹奏楽団の一員として参加できる喜びは半端なものではありません。北海道の旭川市で初めて生の吹奏楽の演奏を聴いてから、もう6~7年も経っています。ついにあこがれの吹奏楽団に入れたのです。このようなきっかけを与えてくれた古庄君には、足を向けて寝ることができないほどの感謝感謝です。さらに私のために愛情を注いでくれる緒方隊長と奥さまのおかげで東京に出てきてからのすべてはうまく運ばれていました。こんなに幸福で良いのだろうか・・・と思うばかりでした。私の夢と希望は現実になりましたが、夢じゃないのかと頬をつねってみたこともあります。まさしく現実でした。私は「ワーイ、私はついに吹奏楽団に入り、あこがれのトロンボーンを吹きます!」と毎日心の中で叫んでいました。しかしこの喜びを外に表すことができないので、心の中だけにとどめておきました。
 音楽隊に入ってからは、毎日毎日楽器の練習です。合奏の時は楽譜を譜面台の上に乗せて見るのですが、このときになって東本先生の「移動ド法から固定ド法に変えないと演奏ができないよ」と言われたことの意味がはっきりと判りました。移動ド法の場合は、それぞれの調に合わせた音階を作って演奏するので、とても手間がかかります。しかし、固定ド法は音符にシャープかフラットが付いているものだけを対象としているので、頭の中で考える必要はなく、その場その場の音符だけを見て演奏すれば良いので、とても楽なのです。トロンボーンのセクションリーダーは山下士長という方で、とても優しい方でした。判らないことは何でも教えてくれました。最初の練習はロングトーンから始まり、あとは音階の練習です。しっかりとした良い音が出なければ演奏になりません。特に力を入れて練習したのはロングトーンでした。私はトロンボーンを持っていた時期のおかげで、簡単な譜面はすぐに読めるようになりました。特に大好きだった曲は“軍艦マーチ”のトリオのメロディです。低音部のメロディなので意気揚々と吹いたのを昨日のように思い出すことができます。
 入隊して1週間後に出張演奏がありました。私は少し吹けるようになっていたので参加することになりました。他の新入りの6名はまだ参加できませんでした。その間、合奏場で各個練習ということになっていました。
 合奏場での練習は、緒方隊長が指揮をします。その練習内容は特に厳しく、出来なければ何回も何回も出来るまでやらなければなりません。クラリネットならクラリネットセクションだけをやらせ、サックスならサックスセクションだけやらせます。全体は休みなのでとても目立ちます。ソロの場合は特に大変です。隊員の中には泣きべそをかきながら演奏をする人もいます。全体の演奏レベルを上げるには、1人ひとりの演奏がしっかりと出来ていなければ音がにごって出てくるので、聴く人にとっては下手な吹奏楽団ということになってしまいます。なかでも緒方隊長はリズムセクションに対しては厳しくしごきました。それは緒方隊長自身、旧軍楽隊ではリズム部門を担当していたからということもあります。緒方隊長はシロフォンの名手でもあり“ウイリアムテル”の演奏は人々を魅了させるものがあり、私もいつも感動をもって聴いていました。
 それからしばらく経ってから緒方隊長から、また自宅へ来るようにとの話がありました。2度目でした。他の隊員は自宅に呼ばれることはないと言われる中で、私だけが呼ばれるのは本当に申し訳なく思うばかりでした。奥さまはまた夕飯を作ってくれていて、とてもおいしく食べさせていただき、心のこもった接待に恐縮するばかりでした。料理のひとつひとつに愛情がこもっていて、食べるたびに泪が出そうになります。そのとき緒方隊長に「助安、お前は中学しか出ていないんだってな」と聞かれました。「はい、私の家は貧乏だったので高校には行かれませんでした。父は『お前は農家の長男なので高校に行く必要はない』と言っていました。当時の東園小学校の50名のクラスの中で、高校に行ったのは4名だけです」このように答えると緒方隊長は「北海道にいればそうかも知れないが、今は東京に出ているんだ。これからのことを考えるとせめて高校くらい卒業していないとだめだぞ」と言うのです。もちろん私もできれば高校に行きたいけれど、音楽隊に入っている以上、無理だと思う以外にありません。「助安、お前本当に高校に行きたいのなら俺が世話するから、夜間高校に行って卒業した方が良い」とありがたい言葉を頂きました。「はい、できれば夜間高校に行きたいです」と言うと早速翌日に豊南高校に行くように手続きをとって下さったのです。練馬駐屯地からわりと近くの大山という駅から歩いて行ける高校です。隊長の許可を得て、時間をとっていただき、豊南高校に行きました。校門には大柄の白髪頭のかっぷくのよい優しそうな校長の西宮藤朝先生が出迎えていて下さり「緒方隊長から連絡があったので待っていました」と言って下さいました。私はここでまたまた感動をしました。そして「あなたはもう年令が高いので3年生への編入試験を受けた方が良い」と言って下さり、編入試験を受けさせて下さったのです。緒方隊長といい、校長先生といい、どうしてこんなに優しくしてくれるのか、私の頭の中では全く判らず、頭は真っ白な状態になっていました。どうしてこんなに良いことが次から次へと起きるんだろうと思いましたが、どうしても自分の頭では理解することはできませんでした。





吹奏楽が生きる力となり 夢と希望となる
吹奏楽は皆さまの体であり、皆さまの血や肉であり、皆さまの精神であり、永遠に尽きることのない魂たちです。
クラシックが中心の吹奏楽界の中で、歌謡曲やポピュラーソングを入れ、このように大発展ができたのは、バンドの皆さまのお力のおかげです。
全国のバンドの皆さまに心からありがとうと言う以外に言葉はありません。


助安 由吉



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