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吹奏楽を愛して ~65年のあゆみ~ 第十二回

吹奏楽を愛して ~65年のあゆみ~
(連載100回)

吹奏楽に夢と希望を燃やしながら―――
助安 由吉
(株)エイト社代表取締役
ロケットミュージック(株)顧問
吹奏楽ポップス楽譜の生みの親は服部良一先生と長男の服部克久先生である。
吹奏楽はクラシック中心の世界。
その中に歌謡曲やポップスを入れてバンドの多くの皆さんに喜びを与えられたことが吹奏楽の発展へつながっていく。



12.女給さんに惚れられる

 S荘の風呂炊きの仕事をしている時に、新宿の映画館で息抜きのために観た映画“グレンミラー物語”に私は大変ショックを受けました。何よりも私の大好きな吹奏楽の物語で、当時はフルバンドということは知らなかったのですが“ムーンライトセレナーデ”という曲が流れた時、頭のてっぺんからしびれのようなものが伝わってきました。それ以後、“ムーンライトセレナーデ”のサウンドが耳にこびりついて離れなくなってしまいました。映画の後半でグレンミラーが観閲行進を指揮していましたが、隊員がだらだらし、覇気がないことを知ると、すぐに曲目を“セントルイスブルースマーチ”に切り替えました。曲調がスイング調なので、行進をしている隊員が生き生きとした姿に変身したのです。私自身、トロンボーンにとても興味を持っていたので、この映画の中で、グレンミラーも同じくトロンボーン奏者だったことからすごく共感し、できたら私も同じように航空音楽隊に入り、トロンボーンを吹きたいと思ったのです。当時の日本には陸上と海上だけで、航空はありませんでした。この時、私の将来の方向性は演歌の作曲家から、吹奏楽の音楽隊の方に少し意識が移ったように感じました。
 “グランミラー物語”を観たあとは「早く自分もグレンミラーのようになりたい」との思いで、できる限り時間を作りS荘の屋上でトロンボーンの練習をしていました。そんな時の事です。女給さんのYさんが私のそばに来て大変なことを告白したのです。それはびっくりするものでした。「私はあなたが好きです。私と一緒になってください。私が一生あなたの生活を守っていきますから」と真剣に言ってきたのです。自分は夢と希望を持って東京に出て来ているのに、Yさんに一生生活の面倒を見てもらうわけにはいきません。「その気持ちはありがたく思いますが、それはできません」と丁寧にお断りをしました。それに私の好きな人は、帳場のMさんです。とてもきれいで優しい人です。もしこの帳場のMさんに「一緒になってくれ」と言われたならば、即座に受け入れたことは間違いありません。今までのもの全てを捨てても、この方となら一生涯一緒に過ごしたいと本当に思っていたのです。幸か不幸かわかりませんが、そのようなことにはならなかったので、私は夢と希望の方に自然に進むようになっていきました。ただ、帳場のMさんが正月に着物を着て仕事をしている時には、ますます好きになってしまいました。普段の洋服姿とは段違いに魅力を感じたのです。そのあとも着物を着ている姿が目に焼き付いて、洋服の時でも着物を着ている時の魅力が持続していました。この正月から、またまたMさんと一緒になりたいと思いはじめました。
 お湯を沸かすボイラーの近くには、いつも大型の犬が寝そべっています。私とは良き仲間同士で、とても仲良くしていました。ある時1匹の猫が現れ、犬は猫に向かって飛びかかっていきました。私は即座に犬と猫の仲裁に入ったのですが、その時、犬に腕を噛まれてしまい血が出てしまいました。帳場のMさんは狂犬病になってしまうのではないかと心配をし「すぐにお医者に行きなさい」と言いました。私は急いで医者に行き、事なきを得ました。もし医者に行かず狂犬病になっていたらと思うとぞっとします。
 その後、S荘の女給の皆さんと、他の関連する連れ込み宿の女給さん達と一緒に、バスに乗って2泊3日の慰安旅行がありました。男性は私1人で、あとはみんな女給さんたちです。熱海の貫一お宮の松を見たり、あちこちと色々なところを見学させてもらいました。私は色々なところに転々と職を変えてはいたけれど、こんなに優遇されたことはありませんでした。このまま風呂炊きで一生終っても良いかな・・・と思うこともありました。もし帳場のMさんと一緒なら、これが一番良いかも知れないと思いながらMさんを見ると、ますます大好きになっていくのです。夢と希望を達成するために東京に出てきてはいますが、Mさんと一緒になれるのなら、すべてを捨てても惜しくないと真剣に考えはじめました。そんな時、S荘の女給さん2、3人がとんでもない話をしているのを聞いてしまったのです。それは、S荘のオーナーとMさんはお互いに好き合っているというのです。時々オーナーの部屋にMさんが入り込んで、出て来ない時もあるというのです。女給さん達が言うのには、オーナーは奥さんとはうまくいっていないので、美人で心の優しいMさんを帳場の責任者としておいて、時々2人で会っている・・・とのことでした。私は慰安旅行で大変なことを聞いてしまいました。本当にMさんのことが好きなのに、私は生活力がない19才の北海道生まれの田舎者です。オーナーとは勝負がついています。この時の私の悩みは半端なものではありませんでした。東京に出て、初めて好きになった人はMさんです。すべてを投げ打ってでもMさんと一緒になりたいという思いは、日に日に強くなっていくのです。Yさんは私を本当に好きになってくれ、すべてを私のためにと言ってくれました。しかし、YさんとMさんを比べることはいけないことかも知れませんが、このままS荘にいると、この葛藤から逃げれることはできないと思いました。Mさんを心から好きになってしまいましたが、オーナーと戦うことなどできません。思いきってS荘を退職することに決めました。私は夢と希望を実現しなくてはなりません。これから全力をもって演歌の作曲家になるか、吹奏楽団に入り楽器を吹くようになるかの2つにひとつの道を選んで行こうと固く決意して出した結論です。好きになったMさんと離ればなれになるのはとてもつらいことです。しかし、オーナーとでは初めから勝負がついています。あきらめる以外に方法はありません。S荘での約1年間はたくさん音楽の事を勉強できました。そして昭和22年11月27日に泣きながらS荘を離れ、次の夢と希望に向かって進むことに決めたのです。





吹奏楽が生きる力となり 夢と希望となる
吹奏楽は皆さまの体であり、皆さまの血や肉であり、皆さまの精神であり、永遠に尽きることのない魂たちです。
クラシックが中心の吹奏楽界の中で、歌謡曲やポピュラーソングを入れ、このように大発展ができたのは、バンドの皆さまのお力のおかげです。
全国のバンドの皆さまに心からありがとうと言う以外に言葉はありません。


助安 由吉



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